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(要)さん、想い出 12.寺泊編4

 投稿者:魚夢  投稿日:2018年 2月22日(木)03時04分52秒
   へっぺいさんに読まれてしまったが、だからと言ってやめたり、書き方を変えるわけにもいか
 ないので、書き続けるけど、バレたからといってそもそも最初から適当に書いてるンで、各方
 面に断る必要も無いンだが、
 さて、
 寺泊漁港から、その日泊まる(要)さんの所有のワンルームマンションの部屋に向かう途中に、
 寺泊の海岸沿いの国道にあった「角上魚類」の市場に寄った、
 ここがそもそもの発祥、本店とあって、完全にドライブインの幟はためき、呼び込みしていて
 観光客でごったがえす中で、水槽とケースに溢れる魚と特にカニの陳列を見て回り、お土産用
 には、また東京に帰る前に来て買えばいいや、と、今晩の酒の肴用に、ズワイガニを一杯と、
 生のホタルイカを買った、
 なんたって、二人のそれぞれのクーラーに一杯の釣ったホッケがあり、こいつを食わねばなら
 ないのだ、
 マンションはその裏手が下に下る崖で、その斜面は竹藪だった、
 そしてタケノコが生えてる、と、採ってもいいンだ、と(要)さんが言うので、じゃ、採ろう、
 と、まだ夕方だったので、さっそくナイフを持って竹林に入り、ポコポコ生えてる筍を、片っ
 ぱしから脇の土を除け、ズコズコ切ってズダ袋に入れた、
 斜面の下に、お寺の本堂が建っていて、誰かの声がし、もしかして「タケノコ泥棒」と怒られ
 るのではないか?と思ったので、もう、いい加減沢山獲ったので、斜面を登って戻ったのだ、

 (要)さんのワンルームマンションはもうかなり古そうな建物で(要)さんの部屋は一階の
 中ほどにあった、
 狭いがキッチンとトイレ、バスがあり、6畳だか8畳の部屋で、掃除が行き届いていたのは、
 (要)さんが、ここを売ろうとしていたからだ、
 このころ、(要)さんは、確か不動産屋で高田馬場に会社があったのだった、のだ、

 そこのバスに、風呂に入ったかどうかは、覚えていないのだが、(要9さんは家族で来るから
 冷蔵庫と鍋、フライパンや食器類などは一応、揃っていた、
 そして、晩飯と宴会の支度を、そのために私は腕を揮ったのだ、
 ホッケの大き目のを、「尻尾を掴んで、グニャリとならず、立ったら刺身になる」と言われて
 いるので、そういうのを選んで、三枚におろして刺身に、2尾を塩焼きに、ついでに筍もホイ
 ル焼きに、メバルは2尾を煮つけに、ホッケの頭と骨を鍋でアラ汁に、買ったカニとホタルイ
 カも皿に出して、それは豪華な宴会の膳となったのだった、

 缶ビールで乾杯し、期待して箸を出して、食ったホッケはまあ、新鮮だから食えたが、そうは
 バカうま、というわけでは無かった、
 ずわいガニと、生ホタルイカは、さすがに美味かった、
 タケノコの焼いたのも、醤油を垂らして食うと、なかなかいけた、
 ホントは、頭だけ出てるやつを、掘るのだが、5月のGWのこの時期、もう20~30センチ
 以上伸びてるやつだが、仕方無い、
 その中の一本だけ焼いたのだが、ガスコンロが一台だから仕方無い、
 タケノコはそれぞれ10本以上、掘ったと言うより、獲ったから、家にはいいお土産になる、
 小さなテーブルいっぱいに並んだ皿の料理?を前に「乾杯!」の、あの嬉しさは、格別だ、

 パカパカ、グビグビとビールを飲み、日本酒を飲み、ウィスキーの水割りを作り、番屋のこと
 から、今日のホッケ釣りの、東京湾での乗合船と地元の釣り人の態度やつり方やルールやらの、 違いやひどい目合ったことだの、江戸前の違いだののあれこれをお互い言い立て、笑い合った
 また、
 明日の予定を、どこで船に乗り、何を釣るかの予定と、その他、会社と仕事のことだのと、
 例によって、政治論争や、をして、盛り上がったのか、お互い言い足り無いのか、納得も結論
 も出ないのはいつものことだが、
 炊飯器で炊いたゴハンも食べ、夜も更け、明日も早いので、
 二人並んで鼾をかいて、寝たのだった、

 
 

(要)さん、想い出 12.寺泊編3

 投稿者:魚夢  投稿日:2018年 2月19日(月)05時08分29秒
   もう、思い出してると、書くことがいっぱい出て来る、
 そのどれもが、一緒に行った(要)さんがこれを読めば「ああ、そうそう、そうだった、」と
 言うとは思うが、その時の私の書き方については、異論があるかもしれない、
 私がそう思ってて、書いても(要)さんの見方、受け止め方はたぶん違うのだろうと思うから
 だが、
 例えば、番屋の二階の湿っぽい布団で、私はなかなか寝就かれなかったが、(要)さんは、そ
 の後、ドヤドヤと深夜の後続の釣り人の宿泊者が来ても、感知せず、眠っていたのだと私は思
 ってが、ホントはチャンと知ってて眠れなかったのか、どうか、とか、
 船の上で、釣り終わって帰りの航程で、地元の釣り人が、皆、ホッケの腸を裁いて流してたの
 が、下流の我々のほうに押し寄せて来たのを、(要)さんは怒って文句を言ったが、あれは、
 あっちの乗合船では、当たり前のことだったのかもしれず、
 そのへんの受け止め方、感覚の違いはあrものと思うわけです、
 が、
 ここは、(要)さんのブログなんだけど、書いてる私はそのへんもチョビッとは考慮しながら
 とにかく、話を進行させていきあすので、悪しからず・・・・ (^^;

 で、
 曇り空の下の「佐渡ケ島の近くの海の、乗合船のホッケ釣り」を堪能、というか、経験したわ
 けだが、これは私にとって、楽しい、貴重な経験とは言えず、まあ、確かにいい経験とは言え
 ると思うが、また、行こう!とはならない釣りであった、
 それはまず、簡単すぎる、ということだ、釣れてしまう、工夫しなくていい、と、
 これでは、もう、「趣味の釣り」では無くて、「漁業」では無いか?

 そりゃ、釣ったホッケが高値の美味い魚なら、まだ喜べるというものだが、そうでも無かった
 のだ、
 後で調べたところによると、ホッケには等級があり、やはり、北海道の海岸線と沖で獲れたの
 が一番となっていた、
 新潟沖で獲れたホッケには値が付かないことも判った、
 我々はそれをせっせと釣っていたのだ、

 かってというか、その当時でもあったろうと思うが、北海道出張で、晩にはよく炉端焼き居酒
 屋に行ったものだった、
 そしてそこで、よくホッケの開きの焼いたのを食ったものだ、
 美味かった、
 だから、この佐渡ケ島で釣ったホッケを家に帰ってから、開いて干して、食ったのだ、
 美味くなかった、
 つまり、同じ名前の魚でも、獲れる場所で、育った海域で、あるいは移動する潮流で、まるで
 身のしまりも味も違ってしまうのだね、

 K島君が北海道担当だった頃、一緒に行き、札幌の居酒屋で飲んだ時、ホッケを突つきながら
 彼が、代理店の営業マンから聞いた話で、「居酒屋チェーン店の安いホッケは北海道産じゃ無
 い、北陸のまずいホッケに脂を塗って干したやつの大量仕入れなのだ、知らない客は、それが
 ホッケでそういう味と思ってしまうのだ」と聞いた、と言うのだ、
 私は、後でなるほど、と思ったのだ、

 明石の鯛だの、関サバ、関アジや、城下カレイや、はたまた、東京湾の数々の魚種が美味いと
 賞賛されるのは、だから、チャンとわけが理由があるンだよ、

 さて、そういうことで、いくらでも釣れるホッケを惰性みたいな感じで釣ってたが、クーラー
 は満杯だから、もういいや、と思ったが、地元の釣り人のクーラーは大きいからジャンジャン
 釣ってるのだ、
 私は10本針の仕掛けに赤く色付けしたイカの切り身を付けては海中に落とし込みながら、
 あくびをしてたのだが、
 すると、たまにホッケに交じって、実はときどきメバルも釣れたのだ、
 しかも、地元の釣り人連中も、メバルが釣れると「赤だ、赤だ、」と嬉しそうに騒ぐのだった、
 私も、釣れてしまうホッケに混じって、たまに掛かる赤いメバルは、yはり美味いから価値が
 あるからだが、嬉しかったから、真剣に釣ろうとしたのだ、
 が、終わって結局、私がメバルは3尾しか釣れずで、(要)さんは一尾ではなかったか、
 その釣果の重いクーラーを担いで、船を降り、車で(要)さんの持っているワンルームマンシ
 ョンに走ったのだ、
 
 

(要)さん、想い出 11.寺泊編2

 投稿者:魚夢  投稿日:2018年 2月18日(日)03時01分13秒
   番屋のその晩の詳述はやむなく端折るが、翌早朝、寺泊漁港の釣り船「作十丸」に乗り込み、
 船は佐渡ケ島の近くまで走り、そこで、かなり荒れた天候の波の上で、我々は「ホッケ」を
 釣ったのだ、
 事前にろくな情報も無く、慌てて急いで乗った「ホッケ釣り」の船の、乗り合わせた釣り人
 は、皆、「電動リール」だった、が、我々はそんな道具用意していず、大型の太鼓リールで、
 深海の100メートルに100号の重りを落とし、せっせと巻き上げる、まさに重労働を強
 いられたのだ、
 それでも、魚群がポイントに居着いていたものか、上げるたびに、数匹の良型のホッケは釣
 れ、たちまちクーラーが満杯になった、
 だが、それは私や(要)さんのクーラーが小型だからで、同乗の地元だかの釣り人のクーラ
 ーはデカイのだ、
 皆、竿を船縁りに置き、波での船の上下に合わせて、竿先のしなりを見ているだけで、頃合
 いを見て、ただ、リールの巻き上げスイッチを押すだけだ、
 それで仕掛けと糸は、グングン上がって来て、あとは魚を取り込むだけだ、
 それはもうまったく楽なもので、単なる繰り返しの作業に過ぎず、釣りの妙味はどこにある
 のか?と言いたくなるのだ、

 この日はお日様の出てない曇り空で波しぶきが掛かり、寒いコンディションだったので、皆
 背中を丸めて、両手をポケットに突っ込んでいた、が、それは電動リールdからで、私と(要)
 さんは、休むヒマ無く、竿を両手で持ってしょっちゅう上げ下げし、リールのハンドルを握っ
 て、魚の当たりを聞いていたのだ、
 本来、釣りとはそういうものなのだが、そしてそれが楽しい、醍醐味であるはずなのだが、
 電動リールはそれらをすべて省略するわけだ、
 私と(要)さんの道具は、今風に言えばタックルだが、つまり、電動りールじゃ無いから、
 それらの手順と作業を、すべて自分の腕で、勘と力でやらなねばならない、
 深海百メートルから百匁の鉛の重りと、何匹も食いついたホッケを巻き上げて来るのは、水と
 暴れる魚の抵抗もあって、それは重いのだ、
 だが、本来、釣りとはそういうものなわけで、魚との闘いなのだ、が、近代兵器である電動リ
 ールを使えば、その妙味は体感することが出来ない、
 まったくの道具まかせで、楽は出来るが、魚との対話は無いのだ、

 戦争でも、敵の動きや、地形やタイミングや自分のレベルと体力、実力、キャッチする神経の
 能力を考慮して作戦実行の攻撃となるのが、あるべき戦闘だとすれば、電動リールはもう単に、
 大型ミサイルを撃って敵がいるかものどこでもかまわず落っことす、だけに過ぎないのだ、

 まあ、この例えはどうかとは思うが、そういうことだ、
 回数稼げば、魚がいればアホでも釣れる、と、そういうことだ、

 また、消えてしまうから、今回このへんで・・・・、
 

(要)さん、想い出 11.寺泊編

 投稿者:魚夢  投稿日:2018年 2月17日(土)03時13分40秒
   いったい何回、ガッカリすれば、泣けばいいのか、また、長文が一瞬にして消えた・・・・!  

(要)さん、想い出 10.寺泊編

 投稿者:魚夢  投稿日:2018年 2月16日(金)01時49分48秒
   また、(要)さんと二人で、新潟に釣りに遠征したことがあった、
 それは当時、(要)さんが「行こうよ」と、居酒屋で飲むたびに提案してた計画で「寺泊漁港」 の「番屋」に泊って、翌早朝、乗合船に乗って釣る、というもので、誘われた私もK島君も、
 番屋に泊まったことが無いから、二の足を踏んでて、いい返事をしなかったのだが、
 (要)さんの熱意にほだされ、じゃ行くか、と寺泊沖の「大アジ釣り」に行くことになり、
 ある秋の夕方、私の車のマークⅡハードトップでと、柳瀬川駅前で待ちあ合わせたのだ、
 ところが、私は、その日の天気予報が、明日の日本海は低気圧で雨と風が、のラジオを聞いた
 ので、駅前にジャンバーを着て竿ケースを担いで、準備して来てた二人に「これから関越走っ
 てわざわざ行っても明日は海が荒れるよ、取りやめたほうがいいよ」と言って、中止として、
 そのまま、行きつけの柳瀬川の居酒屋で飲んだのだった、

 ところが、中止でガッカリした(要)さんは、その後、ニフティの会員の中の釣り連中のグル
 ープコーナーに、「番屋物語」だかの突拍子も無いストーリーの物語を連載してたのだ、
 私はそのハチャメチャな物語りにいつもチャチを入れてたが、(要)さんの思い入れを感じた
 のだ、
 「番屋」とは、簡単に言えば、漁師の出漁前に泊まり込む宿屋だが、歌にも唄われる北海道の
 ニシン漁の番屋は有名としても、今、現存する漁港はもう少ないはずで、ならば、無くならな
 いうちに、行って経験しておくべきじゃないか、と、私は思ったのだ、

 で、(要)さんに番屋への思い込み、入れ込みの意識が強いことを私が思い至り、よほど行き
 たいのだねと、じゃ、行きましょうか、と恩きせがましく提案し、(要)さんの実現すること
 になる、
 で、
 翌年の5月、ゴールデンウィークに二人で、行くことになったのだ、

(要)さんは番屋にそれ以前に行って泊まって釣りに行ったことがあるとは、まあ行こうと言う
 その経験から当然なのだろうとなるが、ところが、なぜか彼は新潟に、関係が、何か縁がある
 というのか、とにかく他の地方と違う、入れ込み方であったらしいのを私は感じてたのだった、

 それは新潟の寺泊の近くの、その町の名前は忘れたが、ワンルームマンションの一部屋を所有
 していたことからも明らかだ、
 (要)さんは、休みを、ホリディを、バカンスを、家族で、あるいは一人で、その部屋に行き、
 釣りをしたり、新潟のあちこちを回るベースにしたりしてたのだ、

 だから当然と言うか、そのワンルームマンションにも泊まる予定の「新潟寺泊番屋経験釣り旅
 行」の計画となった、
 で、
 5月の連休に、二人で私の愛車マークⅡで、当時府中にいた私は、柳瀬川に住んでいた(要)
 さんをピックアップし、川越インターから関越自動車道をひた走り、その日の夜、予定通り、
 寺泊の「番屋」に着いたのだ、

 そして私は驚いた、
 番屋とはすごく大きな、二階建て和風建築の大きな、いわば無料の、タダで泊まれる旅館なの  だった、
 いや、旅館とは、言えない、のは、特に帳場も受け付けも、何より部屋が無いのだ、
 あるのは、空間だ、
 一階は土間とかまどというか、煮炊きのための壁側の設備と、片側から奥が広間で、梯子段を
 上ると、二階はもうだだっ広いまさに畳敷きの多人数の寝室なのだ、
 実際に、あちこちに布団が積み上げてあるし、敷きっぱなしのもある、

 つまり、かって漁師は集団でここに寝泊まりし、一階で食事を作って食べ、二階で寝て、翌朝
 漁に出るため船に乗ったのだ、
 そのことが、ここに足を踏み入れると、まざまざと、瞼に、脳裏に浮かんで来た、
 二階はドアも壁も仕切りも無く、ただ柱が何本も立っているだけの空間で、多人数ならば、ま
 あ、数十人が布団を並べて寝られる様になっているわけだが、二階に泊まり切れない場合は、
 一階の食堂兼広間に、それでもまだ漁師が来た場合は、3階の屋根裏にも寝られる造りになっ
 ていた、
 しかも、そういう番屋が、ここ寺泊漁港には、何軒も建ち並んでいるのだ、

 私達が入ったのは、その中でも一番大きく、こぎれいな感じの番屋だった、
 私と(要)さんがそこに着いた時には、この番屋には誰もいなかった、

 柱も梁も階段も黒光し、板張りの床は鳴って、踏んだ畳は弾力が無く、立ち込め漂う空気は
 湿っぽく、昭和初期からの年代を経た汗と魚の匂いがする気がしたが、
 なにせ、泊まり賃、宿代は無料、タダなんだから、文句は言えないのだ、
 それに、いったいどこに文句を言うのか、
 ここの運営はいったいどこが。オーナーは誰れか、何という組織、団体か、まあ、調べれば
 判るのだろうが、(要)さんも首を傾げる、
 まあ、かっては網元だったに違い無いが、今は漁協とか、乗合船の協同組合か、あるいは町の
 役場の所管なのかも判らないが、別に事前には予約申請も何もしてないのだ、

 薄暗い裸電球の灯りだけの、二階の広間の寝室にあがり、玄関の上の窓がある端っこに居場所
 を決めた、
 布団はあちこち回ってなるべくちゃんとしたのを探して、確保した、
 二人でとりあえず、途中で買った缶ビールやつまみを並べて、無事到着の乾杯をした、
 トイレは一回の和風板張りポッチャン方式で、風呂も大きな湯槽があるみたいだったが、わざ
 わざ沸かすこともありえず、今夜は寝るだけなのだった、
 

(要)さん、想い出 10.

 投稿者:魚夢  投稿日:2018年 2月12日(月)02時15分19秒
   なんだか、途中でUPされてしまったが、まあ、いいや、
 長くなってたからね、

 そんなわけで、かっての乗合船では、まるで戦場のごとく緊張し、余裕が無い雰囲気が支配す
 る中での、本来は趣味、道楽であるにもかかわらず、いわば海の中の魚の争奪戦かの様相が展
 開される世界だったのだ、

 海の乗合船は、船が走って着いた場所で釣れないと、船頭の判断でまた移動する、
 魚探を見てポイントを定めるわけだが、次の釣り場までの間に、皆、仕掛けを取り換えたり、
 トイレに行ったり、それが昼時だったら、昼飯を食うわけだ、
 だが、次のポイントまで、どのくらいの時間が掛かるか、すぐ着くのか、しばらく走るのか、
 それは船頭次第だから、油断ものんびりもできないのだ、

 だから、その走ってる間でも、昼飯も弁当をゆっくり食ってるのはいない、
 皆、おにぎりか、サンドイッチやコッペパンにジャムやホットゴッグやらの、片手で口に運
 べる食い物だ、
 幕の内弁当みたいな、左手に載せて右手の箸を使うなんて、悠長なことはしないのだ、
 ドドドッと、船が止まって、すぐ竿を出し、仕掛けを下せる様に、そして、片手で竿を操り、
 片手でつかんで食い続けることができる様な昼飯でなければならなかったのだ、

 いったいなんで・・・・・?って、言われても、それは、「沢山釣りたいから」としか言えな
 い、
 だから、乗合船で、たまたま隣に座った釣り人が、ベテランだったり、やたら、釣りがうまか
 ったりして、ヒョイヒョイと釣り上げるのに、こっちはまったく釣れないなんてことが往々に
 してあるのだが、
 まあ、
 それはたまたまの、運不運とも言えないわけでは無いが、明らかにあっちが運も含めて上であ
 ると認めざるを得ないわけで、
 釣り人は、誰もが、名人!と言われたいンだね、

 だから、釣りを終えて船からあがって、釣果が振るわないと、たいてい、リールが絡まって、
 調子が悪かった、だの、配られた青イソメが自分んのだけ生きが悪かったから魚の食いが無か
 った、とか、昨夜飲み過ぎて感が鈍ったとかと、言い訳するンだよ、

 他人が自分より多く釣るのは、許せない、ガマンできない、ウソだろう、と思いたい、
 それでも、ホントだから、悔しいし、落ち込むから、こっちも腕を上げて、常にトップになり
 たい、
 隣や、見てる人に羨望と尊敬の目を向けさせたいから、そのために船に乗ったらもう、血相を
 変えて釣りに全力を挙げるわけなんだよ、

 まあ、釣りが好きだからなわけだが、私もそうだけど、釣ってる時はとにかくわき目もふらず
 というか、ほとんど、皆んな、そんな感じだよ、
 笑い話というかブラックジョークに、「奥さんが水に落ちて溺れて助けを呼んでるのに、今、
 掛かってるからこれを釣りあげたら助けるから待ってろ、バシャバシャ騒ぐと魚が暴れて針か
 ら外れるから静かにしろ」と言うのがある、
 だが、
 多くの釣り人は、そりゃもっともだ、と頷くのだよ、

 まあ、そんな釣り人のいわば一般的な生態、なんだが、
 ところが、ボート釣りというのは、そういう要素が、無いとは言わないが、薄い、
 そして、(要)さんと私とは、まあ、ライバルという意識もさほど無い間柄だったのだ、
 むろん、「どうだ、どうだ、」とか「ボクが勝ったネ」とか、競い合うことはあったが、そし
 てたいてい私が勝ったが、勝ち負けのそれは別にどうでもよく、楽しく釣れれば良かったのだ、

 そんなわけで、話を最初に戻すが、ボートの上での昼飯は、乗合船のオニギリやアンパンの、
 美味いも味も判らない慌ただしさは、必要無いわけで、のんびり楽しめばいいのではないか、
 と気づいたのだ、
 だから、最初はコンビニのおにぎりだけだったが、私も幕の内弁当だの、生姜焼きに豚汁とか
 ボートの上で、それでも竿は船縁りに置き竿にしたまま、ゆっくり楽しんで食う様になったの
 だ、
 そのうち(要)さんは、家からお新香や煮物を詰めたパックを持参する様になった、
 コンビニで買った魚肉ソーセージを丸かじりしてたのが、家で切って炒めて持って来た、
 昨夜のおでんの残り?を、パックに汁もタプタプで「食べてよ」と出したこともあった、

 そうなると、飲み物も、これまでの缶ビールとワンカップ大関だけじゃなくなってきたのだ、
 私は、暑い時期はマホー瓶に、氷とソーダとウィスキーのハイボールだの、寒い時期は蕎麦
 焼酎のソバ湯割りを入れたり、それまで「看板娘」という紐を引っ張るとお燗が付くカップ
 を買わなくともよくなったのだ、
 (要)さんもワインだのウォッカだののボトルを開けて、私に「飲め飲め」と突きつけ、そ
 れは酔わせて、私が朦朧としてるそのスキに沢山釣ろうという魂胆だろと思うが、ところが
 (要)さんのほうが先に酔ってしまうから、作戦は功を奏さないのだ、

 さあそうなるとがぜん、お花見ではないが、狭いボートの中で、宴会状態になり、飲みながら
 食いながらいろんなくだらない話をして、まるでもう、居酒屋で飲んでるのと同じになってし
 まうのだった、

 そういう楽しい時代を共有できたのは、(要)さんなればこそで、私にとって忘れがたいあり
 がたい存在だったので  す、って、弔辞じゃ無いンだから・・・・
                                  (^^;

 
 

(要)さん、想い出 9.

 投稿者:魚夢  投稿日:2018年 2月12日(月)00時52分39秒
   鴨井のボート釣りは、土、日、休日ともなれば混み合い、それが夏休みの時期の天気がいい日だ
 と、ガキを連れた家族やなんかが、ボートを借りようとして行列だったりするのだ、
 だから、その後は予じめ、前日に電話して予約する様にしたが、それ以前は到着が遅くなると
 10数艘しか無いボートが、すでの先客に借りられていて、我々二人はあぶれてしまうから、
 当日は、朝暗いうちから都内を出発し、首都高から横横道路の終点を降りて、海岸沿いを走り、
 いつもの貸ボート屋に行くわけだが、

 その前に、鴨井の町の中の、と言っても町というほどの街路じゃ無いンだが、まあ、道路沿いの
 コンビニに寄って、 ボートの上での、昼飯の弁当や飲み物の缶ビールやなんかを購入する、

 これが釣りながら食ったり飲んだりするわけだが、それまでは、というのは、我々はTさんやそ
 の仲間と、ずっと東京湾の乗合船に乗って釣ってたわけだ、
 知らない人には判らないだろうが、この乗合船の釣りというのは、ものすごい「競争」なのだ、
 なぜだかは知らないが、釣り場について船頭の合図で釣り始めたら、もう、皆んな必死になって
 釣るンだよ、
 とにかく、その船に乗った釣り客が、皆赤の他人の、仲間同士も、グループで来たのもいるには
 いるが、まあ、隣が大抵、お互い知らない人同士が多いわけだが、だからというわけでは無いと
 思うが、とにかく誰もが釣りに集中するのだ、
 ノンビリ、タラタラしてるのはまあ例外でいたかもしれないが、普通はみんなが一心不乱に釣る、

 それは、他人よりも一匹でも数を多く釣りたい、と思うからなのか、船に乗る代金が高いから
 元を取らねば、と思うからか、はたまた、海の乗合船の釣りとはそういうものなのか、
 実際、多くの釣り人はもう何回も経験してるわけで、広い海の、その船の船頭がポイントとして
 船を停めたそこで、サッサと釣らないと、もしかして、まったく獲物が、釣果が、魚が持っては
 帰れない、空っぽのクーラーボックスを担いで、ションボリ、ガックリ肩を落として帰る羽目に
 なりかねないとも限らない、
 家に帰って、妻や子供や孫に、「どうだった?」と聞かれて「ダメだった・・・・!」と言い、
 軽蔑の眼差しを浴びるのが辛いから、とか、
 まあ、人それぞれ事情は違うかもだが、皆、真剣そのものだ、
 見てれば判るが、皆、手返しが早い、
 「手返し」とは、すなわち、釣りに関わる一連の動作だ、
 仕掛けの扱い、餌の付け外し、釣れても釣れなくても、竿を挙げて、仕掛けを取り込み、針を見、
 餌を見て、重りを調節したり、交換したり、再度投入し、海底に着いたらリールを止め、少し巻
 き上げ、竿を細かく上げ下げし、時に大きくあおり、
 とにかく、片時も休まず、竿の振動に、手に伝わる魚の当たりを、神経を研ぎ澄まし、集中して、 キャッチしようとする、

 確かにそれで釣果は差が付くのだ、
 魚影が濃いポイントや、ちょうど群れが来た時に、素早い操作ができない、ノロマでグズだと、
 トップが50匹で、ノロマは5匹という結果になることはザラなのだ、

 、ああ、そういうわけで、
 それは、


 

(要)さん、想い出 8.

 投稿者:魚夢  投稿日:2018年 2月 8日(木)02時10分36秒
   その「鴨井のボート釣り」のことを書きだすと、もうエピソードがいっぱいある、

 それは、ボートで二人で乗って沖に漕ぎ出すから、オシッコがしたくなれば、当然、船べりか
 ら海に放出となるのだが、これもいろいろと問題があるのだ、
 まず、波があるからボートは揺れるから、膝を付いて一物を引っ張り出し、海へ向かって、腰
 を突き出すが、放出の途中で揺れるとボートの中をションベンで濡らしかねないから、お互い
 に研究し、いつも工夫の作品を持参したものだった、

 最初は「竹筒」だ、だが、これは堅いから装着の感触が良くないので、ゴムホースにした、
 それもあれこれ試して、適当な曲がり具合の先を海に向ければ、いい具合だとなり、装備品と
 なった、
 我々はこれを、ゴム「竿」ケースと名付けた、
 ところが、
 時には、広い海でも、ボートがいっぱい出て、釣る場所が混み合う時があるのだ、
 こっちが釣ってるその先に、別のボートがいて釣ってる場合、そのボートの釣り人の目の前で
 ションベンをするのは憚られるわけで、そこから離れて、人の目が届かない所に海上移動した
 いが、そのためには、釣竿の仕掛けを上げ、錨を引っ張って上げて、漕いで離れねばならぬ、
 が、ちょうど盛んに釣れてるときは、相手が難色を示す、

 「ここでやっちゃいなよ、」「できないよ、向こうのボートに若い女がいるじゃん」「見せて
 やれば」「自信無いよ、それのホースに入ってるから見せられないよ」「抜き身でやれば」
 「自分だって出来ないことやらせないでよ」「今、釣れてンだよ、ホラ、また来た、あ、いい
 型のベラだ」「ベラなんか、釣れなくてもいいじゃん」「そうはいかないよ、この塩焼きは、
 美味いンだよ、ウロコも食えるンだよ」「それはボクが教えたンじゃないか」「あ、そうか、
 でも、もうちょっとガマンできないの」「ムリだよ」「ズボンの中でしちゃえば」「やだよ」  と、
 私がもう勝手に錨を引き揚げに掛かると、渋々、(要)さんもリールを巻いて仕掛けを上げる
 のですが、必ず「貸しだからね、」と、「わかった、(要)さんがそうなったら、移動に同意
 するよ」と、

 そんなことが、今は懐かしい思い出になってるのでありますよね、

 また、ある夏の盛りの日に、(要)さんが置き針にしていた仕掛けに、上げたら重く暴れるの
 を取り込んでみたら、立派な「マゴチ」で、もう、(要)さんは喜んで威張って、それから
 しょっちゅうそこの場所に行きたがるのでした、

 そして、ある時、風が吹いて波が荒く、沖に出られない時に、仕方無く防波堤の中で釣ってい
 たのですが、(要)さんが「大発見だ!」と言うのです、
 それは防波堤のコンクリートの壁面の、波に洗われる下から中位の高さまで、ビッシリとカキ
 が、貝の牡蠣が付着して覆っているのです、
 それは小ぶりではりますが、確かにカキで、ゴツゴツと殻が灰色茶色で、見渡す限り牡蠣の壁
 で、まあ、あるところはカラス貝の黒いのが一面付着の場所もあります、

 早速、そこへボートを漕ぎ寄せ、(要)さんはタックルボックスからペンチを出して、殻を剥
 がして身をつまみ出して、口へ放り込むと、「ウマイッ!」と叫び、さ、それから取っちゃあ
 食い、缶ビールをゴクゴクやっては食って、今度は烏貝も試してみよう、これはイガイのムー
 ル貝だ、と、
 ムール貝に比べれば、だいぶ小さいのですが、味は同じだと、「そうかな?」と私は思いまし
 たが、(要)さんは、「今度、来るときはレモンとワイン持って来よう」なんて言っているの
 でした、

 が、その翌日、電話すると、「腹を下して寝ている」と・・・・・、

 

(要)さん、想い出 7.

 投稿者:魚夢  投稿日:2018年 2月 8日(木)01時19分50秒
   (要)さんと一緒に釣りに行ったのって、いったい何十回か、いや、100回以上は軽く越し
 ていると思うが、回数を稼いでるのは、三浦半島の鴨井港からのボート釣りだ、
 一時期はもうその夏のほぼ毎週の様に、土曜か日曜には行ってたからねぇ、

 私が朝迎えに行って、首都高速から横浜横須賀道路を終点で下りて、婆さんが店番のボート屋
 でボートを借りて、沖合に漕ぎ出して釣るのだ、
 (要)さんがオールを漕ぐ時もあれば、私の日もあり、今日はどっちが?と、じゃボクが、と
 時に潮の流れが強い、早い場所や時間だと、いくら力を入れても、まったく進まない、流され
 ることもあり、ヘトヘトになるが、だが、オール漕ぎでないから楽ともいかなくて、舳先に座
 ると、錨の上げ下ろしが担当になり、これがロープが長くて重くて大変なのだ、

 まあ、それはともかく、このボート釣りがもうホントに楽しかったのだ、
 だから、何年にもわたって、春から秋まで、行こうか、行こうよ、と、通った、
 あの鴨井の湾は、結構、魚種が豊富で、我々は例によって「シロギス狙い」だったのだが、シ
 ロギスはもちろん、場所によって、「ひじたたき」サイズが、それは頭のあたりを握ると、尾
 がその腕の肘にバタバタ当たるほど、デカイ!という、
 まあ、いつもたいてい圧倒的に私がそのサイズをバンバン釣って、(要)さんは涙を流して悔
 しがったものだが、

 行く度に、今回はあっちに行ってみよう、今日はこっちで、場所を変えて釣ったが、その場で
 釣れる魚種が違うので面白いのだ、
 それは季節によっても違うし、天候と潮の満ち干でも違ったが、その違いがまた期待を掻き立
 ててくれ、次はあそこだ、となるのだった

 浜から防波堤を出てその周辺ではメゴチが、その先の左手ではカワハギが、その沖ではアジや
 ベラが、沖の右手のブイ近くがキスで、その手前がホウボウやアイナメだった、
 が、その辺りは、ちょうど海上自衛隊だか防衛大だかの学校だか施設があり、その生徒の訓練
 のタッカーつまりオールで漕ぐ大型ボートが海上に十数隻も出て来て、こっちの小さなボート
 が邪魔にされ、とても釣りどころじゃなくなるのだ、
 だから、慌てて錨を引き上げ、急いで漕ぎ逃れるのだが、なにせ、向こうは十数人の両側から
 長くて大きいオールで大きな掛け声で漕ぐもんだから、たちまち取り囲まれ、その見上げる様
 なボートが次々と横を通るその立てる波で木の葉の様に揺られるのだ、
 その船団が離れていくまで、どうしょうもないのだった、

 それが何曜日の何時頃なのか、今日は来るのかどうか、判らないが、ジャンボシロギスが釣り
 たいから、行っちゃえ、と敢行するとか、それは波乱万丈だったのだ、
 
 

((要)さん、想い出 6.

 投稿者:魚夢  投稿日:2018年 2月 5日(月)02時34分18秒
   いろいろ書いてるが、これを(要)さんは読んでいない、読めていないのだから、書くこちらの
 ほうの気持ちは奇妙なものだが、じゃ、プリントアウトして送ってみたらどうか、とも思うが、
 反応がどんなもんだか、私の決めつけに「違う!」と怒りだしたりして・・・、

 まあ、一人の人間の、その人との付き合いの思い出が、その出来事の一場面が、エピソードが、 言ってことが、やってたことが、その展開が、ユニークで懐かしく思い出されて、それを書い
 ておくのも悪くないと思っただけなんだが、

 だから、思い出したら、なんだかもう、次から次へと、こんなにも、一緒に、なんだかんだを
 やってたのだと、あそこにも、あの時にも、ここでも、と、
 考えたら、ずいぶん会って、飲んで、行動を共にしてたんだよね、

 そのそれぞれのひとつづつが、まあ、曖昧なのもあるけど、たしかに一緒に行った、やったと
 いうことがらが、その意味だの意義だのは別に無いンだが、やっぱり、一緒に行こうよ、と、
 一緒に飲もうよ、と、
 そういうことが、私のこれまでに、かなり回数が多い相手だった、のは確かだね、

 まあ、そんあことの数々を、時間がある時に、ひょいと思い出した時に、ここに書いておこと
 まあ、そういうことです、

 で、そのひとつ、
 実は、私は皆さんも知っての通り、サイトへの書き込みは他を圧して沢山しょっちゅう書いて
 るから、今までに(要)さんと、どうしたこうした、というのも、すでに結構、書いてたのだ、

 それは、アスキーの時代から、ニフティの時も、それはもう、数えきれないカヌント数だが、
 また、(要)さんも、私の書き込みに対して、結構、その都度、反応して、応戦というか、ま
 対抗心を燃やして、書いていたのだ、

 まあ、アスキー時代の「雑魚帳」に、私が年間 一千回書き込むのに対し、(要)さんはまあ
 200回くらいなんだけど、
 それでも、他のメンバーが100回台だから、大したモンなんだよ、

 アスキーの「雑魚帳」には、「釣り師の事件簿」や「読書ノート」や、いろいろな欄を作って、
 私が開設した部屋の欄も多かったンだけど、そこの殆ど全部に、毎日書いてたから、数は伸び
 るのだが、しかもそれを一定期間にまとめてデータをUPする会員がいて、毎回、私が断トツ
 だったよね、

 T社長がPCを社員に勧めて、T社長は「旅先通信」だったが、私はそのいわば釣りの、それ
 も、渓流釣りの同好会のネット仲間にはまったのだ、
 忘れもしない、「椎葉物語」でのデビューが最初だった、
 当時、九州・沖縄の担当営業マンで、しょっちゅう出張の九州で、仕事の合間のヤマメ釣りの
 「釣行記」を書いたのが始まりだった、

 (要)さんもT社長から強要されて、PCを購入、私の誘いでこの釣りSIGに来て、書いて
 時には、この仲間での「オフミ」つまり、オフラインミーティングをやったものだった、


 残念ながら、今は
 

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